殻の中の夢:第一夜                                    

  ◆   ◆   ◆

 広くもないが狭くもない部屋の中に横たわった幾つかの――《 卵 》

 《 卵 》と言っても人の背丈ほどもあるだろうかという大きな代物であるのだが…。

 肌をさす冷たい空気に満たされた空間の中、静かなる眠りについた《 卵 》の側に歩み寄った白衣の青年は握っていたこぶしをゆっくりと開いた。と、その手のひらの上に現れたのは陶器の欠片のようなもの……。

 おもむろに破片を持った手を伸ばすと、青年は目の前に横たわる《 卵 》にそれを打ち付けた。

 コツ コツコツ

 軽く、優しく…。

 ――何かに呼びかけるように――

 手に持った破片を卵に打ち付ける動作はそのままに、青年は《 卵 》に向かって静かに語りかける。

 「目覚めの時はやってきました。

 ――まずは心を夢の世界へと導く為に殻を叩く音を聞かせましょう」

      ◇  ◇  ◇

 コツコツ  コツ コツコツ……

 遠い何処かで何かを叩く音が聞こえる。

 とても優しく、懐かしい音――

 ……一体いつ聞いた事のある音だろう

 ――昨日、一昨日、……半年前ぐらい?

 ……もっと、ずっとずうっと小さかった頃

 ――では赤ん坊の頃…?

 ……いや…、もっと昔に。僕が僕であるように成るよりも前に

 ――胎児の頃の記憶――?

『……ルイード君。目覚める時だよ』

 ――だれ?

『……が、君を呼び覚ましに行く……まずは夢の世界へ………』

 コツコツ  コツ コツコツ

 ――聞き覚えのある音が。

 卵の殻を叩く、音……?

      ◇  ◇  ◇

 「……ド! こら、…イードっ……!」

 ――――んん…?

 「ルイード、起きろったら!」

 「ふわ……!」

 思いきり肩を揺すられ、ルイードは飛び跳ねる様にして起き上がった。

 「あ、れ?」

 間の抜けた声を上げると、目の前の少年は呆れた表情を隠さずに大仰に溜息をつく。

 「なにが『あれ、』だよっ」

 「…………??」

 「ああ〜?まだ寝ぼけているのか?」

 「あ…、レイト…か?」

 良く日に焼けた顔にふわふわと揺れるくせ毛。にっと面白そうに笑う顔は良く見知った幼なじみの物であった筈なのに、寝ぼけていた所為かルイードは目の前の人物を認識するのに数秒間を要した。――そして自分の置かれた周囲の状況に気が回るようになるには更に数十秒の空白の時間を費やすのであった。

 「何処だここは…?」

 今だ霞がかって完全に覚醒をしていない頭を振って、ルイードはようやく自分を取り巻く世界に目を向けた。

 見上げた先に連なるのは、樹・樹・樹……。

 深い緑に沈んだ木々。――ここは夜闇に包まれた森であろうか?

 「なーに状況を把握していませんって顔してるんだよ。ったく……。

 俺達、洞窟探検する為にこの山に遊びに来たんだろうが!そうしたら何時の間にかお前が何処かにいなくなってるし。それで慌てて探しに来てみれば、こんなところでぐっすりと眠っていやがるっ」

 ……お陰で夜になっちまったぜ!

 幼なじみの少年の声が耳を通った瞬間、ああそうか。あっさりと頭は現状を受け入れる。

 自分は彼と一緒に山へ遊びに来て…

 「ごめん。また迷惑かけちゃったね」

 この、明るく底抜けな元気を持った少年、レイトには、体の弱い自分は昔から何かと世話を掛けっぱなしであった。

 「何馬鹿なこと言ってるんだよ!幼なじみのよしみだろ!」

 ぶっきらぼうに言って頭を掻く仕草は、レイトの照れ隠し。彼らしい仕草にくすりと笑いながら、何か胸にすっきりしない物を感じる。

 ――なんだろう。なにか変な感じがする…。

 じっと耳を済ますと耳の奥に木霊する何かがあるような。……何かを叩く、音……?

 「どうかしたか?」

 「あ…いや、別に」

 心配そうに顔を覗き込んで来たレイトに慌てて笑顔を返しながら、ルイードは不可解な感情をひとまず胸の奥にしまい込むのだった。

 「そっか?なら良いんだけど。

 ……取り敢えず早く森を抜けようぜ。街の奴らも心配してるからな」

 「うん…」

 何となく現状に対して腑に落ちないものを

感じながらも、ルイードはレイトの後に続いて闇夜の森を歩き出した。


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