12歳の王様。


「一体どうなってんだ!俺はまだ12歳だぞ!!」

大理石仕立ての広い回廊に、高い声がこだまし、奥のほうから少年が行き勇んでやってくる。

「おいっ!!オヤジはどこだーっ。隠れてないででてこい!!」

薄黄色い髪を振り乱しながら、少年は辺りの部屋のドアというドアを大きな音をたてながらあけ
中を見回している。

「ユアン様っ。落ち着いてくださいっ。」

その後ろから走ってくるのは短い黒髪の少年である。啖呵を切って走り回る少年よりも、
すこしばかり歳上のようだ。

「煩い、イトシン!これが落ち着いてなんていられるか!」

ユアンと呼ばれた少年は、振り向きもせずに叫んだ。

「お待ちください!ユアン様っ!」

イトシンという少年の手から何かが飛び出した。

  スパコーン!

「うげっ!」

あたりに小気味よい音が響き、それと同時にユアンがこける。

「大丈夫ですか!? ユアン様!」

回廊の青い絨毯に突っ伏しているユアンに、心配そうにイトシンが駆け寄った。
ユアンは体をぴくぴくと痙攣させている。

「ユアン様っ。しっかりしてください!ああ、おいたわしい・・・・。」

その横で嘆きはじめるイトシンの首筋にユアンの手が伸びる。

「イ〜ト〜シ〜ン〜・・・。」

地獄から戻った死者のような表情で、ユアンは横で膝をついているイトシンの胸倉を両手で
掴みかかった。

「おっ、おまえなぁっ。どーこーのー家臣が、王子に向かって靴投げるよ!?
頭に命中したぞ、頭にっ。」

そういって、ユアンは少し離れたところに落ちているイトシンの靴を指差した。

しかし、イトシンはわびれもせずに、ユアンに冷ややかな視線をむけた。

「家臣の言葉をも聴けない主君が何をいうんですか!?」

「む、むう・・・。」

先ほどまでの気迫はどこへいったのか、ユアンがイトシンの眼圧にタジタジになる。
しかし、頭に先ほどの衝撃の痛みを感じると、再び目の前の黒髪の少年をにらみあげた。
その深い緑色の瞳は少しばかり濡れている。本当に痛かったようだ。

「ってゆーか、それと靴を投げるのと、どういう関係があるんだよ・・・・。」

「民の声を聴けない主君など、靴を投げられてもしょうがありませんよ。さ、行きましょう。」

全く自分は悪くない、ともいうようなフレーズでイトシンは話を結んだ。
ユアンは、ため息をつきながら、差し伸べられたイトシンの手を握る。

「それにしても、何だってオヤジは王位を譲るなんて言いだしたんだ?
 それにイトシンを大臣に、なんて・・・」

ユアンは呟きながら、今しがた宰相の口から放たれた言葉を思い出した。

☆   ☆   ☆ 

  日の光が多く取り入れら得るようにできた広い一室、イシンシアの国の若き王子は
たっぷりとした長椅子にでれんと横たわりながら、本を読んでいた。本、といってもほとんど
挿絵ばかりで文字はあまりない本である。読みやすく、面白おかしいものが多いので、
子供たちにはよく読まれる体裁のものである。
その内容にユアンがふくふくと笑っているそのときに、部屋のドアが叩かれた。
等間隔で三回。こういう叩き方をするのは、ある人物しかいない。

「イトシンだろ。はいっていーよ。」

ギイ、と重い音を立ててあけられたドアから入ってきたのは、やはり、宰相の息子である
イトシンだった。

「ユアン様、お久しぶりです。」

「めずらしいじゃん。城にくるなんて。今日はどうしたのサ。」

「ええ。実は王様が私にようがあるからと、父上に連れてこられたのですが・・・。
とりあえず、王子に挨拶を、と・・・」

「オヤジが?イトシンに?・・・・・オマエ何か悪いことでもしたの?」

「・・・・・ユアン王子とは違います。」

ムッとしたようにイトシンが答える。

しかし、その返答にユアンは更にムッとした表情を見せた。

「どういう意味だよ、それは。」

「そのまんまの意味ですよ。」

ユアンは不服そうな顔をしたが、不意にニッと笑った。それに合わせてイトシンが苦笑する。

「変わんないな、イトシンは。もう少し、王子を立てようとかって思わないワケ?」

「立てられる王子でしたらね。」

「はいはい。それにしても、オヤジのところでなく俺の方に先にこさせるってのも変だよな。」

「そうですよねえl・・・・。」

ドンドンドン。

イトシンの後ろのドアが、重い音を立てた。イトシンが少し、びくリとする。
その様子をニマニマ見ながら、ユアンが呟いた。

「その鳴らし方は宰相だな。流石に親子だな。叩き方までよく似てんのな・・・・。
 いいよ、カルアーク。入って。」

ドアから現れたのは、長身の凛々しい男だった。黒い短い髪と細い切れ長の目が、
息子のイトシンとよく似ている。

「失礼します、王子。イトシンはきちんと挨拶をしましたかな?」

「きちんと過ぎるほどね。」

ユアンは横目でちろーっとイトシンをみた。イトシンはムッとしたようにユアンを見る。
イトシンは宰相の前ではあまり王子に言いたい事が言えないのである。
それこそ父の貫禄だろうか。ある意味こういう時ばかりにしか、ユアンはイトシンに勝つ
ことは出来ないのであった。

「ところで、ユアン王子。王から言付けがあります。」

「ん?何?」

「はい。ユアン様に、明々後日付けで王位を譲る、との事です。」

「ほえ?」

ユアンが目を丸くした。一瞬なにがどうなったのかよく分かっていない。
そしてカルアークは、今度は自分の息子をみて言った。

「そして、イトシン。オマエは大臣として、ユアン様をサポートするように、とのことだ。

「は?」

イトシンも呆けた顔で、父をみやった。

「詳しいことは後でお話する、との事。ひとまず今日はイトシンもこの城にいてくれ。
・・・・では王子。イトシンをよろしくお願いします。」

そういって、呆然とする二人を置いて、宰相は静かにその場を去っていった。

ユアンがヒスを起こし、部屋を飛び出たのは、それから何分もたった後である・・・・・。

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