闇の戦士 エキドナさん・・・・。
状態変化させてくるので「毒」を体内に持っていることにしました。
あの爪でひっかかれたら大変ですよね。




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薄暗い洞窟。


岩の合間からぬらぬらと水が這うように中央に位置する泉に流れ入る。

岩に囲まれた天井の隙間から 月の光りが行く筋の格子のようにあたりを囲っていた。


ふいに ぴしゃ、とはかなげな音が周囲に反響した。
泉の縁に腰をかけるは一人の女性。

水のはねる音はそこからしていた。

生白い細い足を 妖しく青く光るその泉に浸けていた。

(・・・・・・・・・・)

彼女はじっと水面を眺める。しかし、心ここに在らずといった瞳。

繊細な作りのその唇から ふぅっと溜息が零れる。
すぃっと左手のひらを持ち上げて、そこにできた真新しい傷をしげしげと眺める。


彼女の脳裏に先ほどまでの記憶が蘇る。





注がれたばかりの紅い葡萄酒を目の前に。
まだ傷のない白いその手のひらに 自分の右手がさらりと刃で傷をつける。

そしてグラスにそっとその血を流し入れる。

一瞬、葡萄酒が青い光りをまとった。

これで 彼の死は 確定した。


高貴な身分の住居だからこそ。
立ち入るものの持ち物の確認は厳しく行われる。
武器や薬物などはことさら厳しく。

彼女がこの住居に来訪したとき。
彼女の持ち物は僅か。
危険なものなどまったく1つもないように思えた。


しかしながら その時は誰も知らなかったのだ。

彼女自体が ─── 凶器などと。


そして ゆっくりと体を蝕むその毒は、まるで自身で計らったかのように
その2日後に屋敷主人に断末魔を奏でさせた。





彼女の身体に流れるその 赤い血こそ、
禍々しき呪いに囚われた一族の遺恨であり、彼女が生きる為の遺産である。



もともと薬師を生業とした彼女の一族は
国の外れの山間にひっそりと暮らしていた。

ある時、不死の秘薬があると聞きつけた一人の魔導師が
かの地にやってきた。そして妙薬を手に入れようと、
彼はその地を荒らし探した。

やがて魔術師は民をも手にかけるほどになり、
魔術師の残虐な力に恐れをなした民は
彼に毒を盛ることになる。


知らずして毒を煽った魔術師は その断末魔と共に、
彼らの一族に消えぬことのない呪いをかけた。

『彼奴らこそ、劇薬なれ』と。


それ以来、一族は全てその血 毒となり、
自らの血にゆっくりと身体を蝕まれていった。
彼らの血は全て生きるものに死を与え、
やがて彼らは人知れず滅びることになった。

たった一人の少女を残して。



ぴたん、と 水に濡れた岩の上を歩く足音が彼女の耳に届いた。
虚空を見ていた瞳がはっと開き、強い青い光りを帯びる。


(まさか・・・追っ手?)


素早く両足を泉から引き上げると、ひざを曲げ低い姿勢をとった。
そして、腰元の短剣の柄に手をかける。


すぅと 黒い影が現れた。
形からして長いローブを纏った背の高い人間。

(・・魔術師・・?!)

彼女の体に緊張と憤怒が走る。


「・・・・この地の領主を死に至らしめたのはお主かな?」


重いが、ゆったりとした声が洞窟内に反響する。
どこか、人を安心させる声。


「・・・・ならば、問題でも?彼はこの地に災いをもたらす。
彼さえいなければ これでこの地の民は
その負担から解放されるはず。」


「・・・・民に依頼されたのかね。呪われた魔薬師よ。」


「・・・・・。」

「・・・・彼は確か自領を愛するがえに一部の移民者には忌み嫌われていた。
しかし、自領民には大変慕われていたのだよ。」


「・・・・・・・・・・。」

女薬師の瞳が軽く見開かれる。
鼓動が早くなる。

「全てのものは平面ではない。
各方面からみなければ真実は得られない。」


「私は──自分の仕事をしたまで。」

(そう、私は薬師であり殺し屋でもあるのだ。
報酬のため。何を今更躊躇する・・・・)

そう思いながらも、彼女は正面の人間から目をそらす。


「お前さんは 厳しい道を渡ってきた。
しかし その閉ざされた心根は慈愛に満ちておる。
・・・・のう、薬師エキドナ。母君・・・によう似てきたな。」

心のぬくもりである親の話に、彼女はすがるように
かの黒い影を見据えた。


「・・・貴方は・・・・?」


岩からこぼれる光りに 一歩踏み出した人の姿があらわになる。


白い長い髪と長い髭。憂いを秘めた紫の瞳。そして同色のローブ。

彼はふっと微笑んだ



「ノア。──人は賢人ノアというがな。」




【end】



また 性懲りもなくやってます