【
闇の世界 】
漆黒に光る大理石のような壁に背をもたれながら、 青年は深いため息をついた。
封印がとけたばかりに行われた激しい戦闘。
──さすがに少しこたえたか。
目を閉じて呼吸を整える。
それにしても。
<暗闇の雲>の強い力に自分の意思が操られていたとはいえ、自分があんな子供たちに負けるとは。
(──まぁ・・・そのおかげで意識を戻せたわけだが。)
体の痛みに顔をしかめながらも ふん、と苦笑する。、
彼らがあとの3人の目を覚めさせるまでに少しでも回復をしておかなくては。
十分な力がなければ あの暗闇の雲の力を抑えることはできないだろう。
ただでさえ 光との戦いで多くの血と力を元に戻せないほどに使い切ってしまっている。
あの3人が相手だとしたなら、そう簡単に戻ってくることはできないだろうが・・・・
もちろん [彼ら] なら無事彼らを助け出すだろう。
なんといっても、最速を誇るこの自分の力を凌駕した[彼ら]だ。
足元に転がる三又の剣を 彼──ケルベロスは、見下ろした。
なかでも灰色の髪の少年の動きと、その剣さばきが朧げに脳裏に蘇る。
軽い身のこなしで自分の速度に追いついてきた少年。
──世界が違えば彼も自分のような人間になっていたかもしれない。
暗闇の中で駆ける血を纏う一つの風のように・・・・
「絶対他の奴らも目を覚まさせてやるから! ここで待っててくれ。」
薄いアメジスト色の瞳に力強い光と笑顔。
(──光の戦士、 か。 )
闇に生きた自分にはまぶしすぎる存在だ。 未来を、希望を信じる彼ら。
近くでうっすらと輝く風のクリスタルに目をやる。
諦めと悲しみをたたえた光。
脳の奥に押し込められていた記憶が呼び戻される。
(1000年後にお前さんたちの力がまた必要になるだろう。それまでもう少し留まってくれぬか?)
氾濫した光との戦いにおいて瀕死を負った自分達を そういって白髪の老人は闇のクリスタルに封印した。
光の力は回復魔法では対処できない”光の牙”を自分達に残した。
それは病のように身体を侵食していく光の力。
いつかは体は<光>として昇華される。
老人─大魔導師ノアは闇のクリスタルへ<封印>することにより
闇の戦士たちの時間を止め その光の侵食を防いだのだ。
ただ<封印>がとけてしまえば 体の中の光の侵食はまた進行する。
いずれにせよ。
暗闇の雲を抑えるということは
残るこの闇のクリスタルの力を得た魂を杭にすること。
(あのクソじじい。このことを言ってたのか。
──都合いいように使いやがって。
どうせ死ぬなら闇も倒してけ、ってわけか。)
悪態をつきながらも、その顔はうっすらと満足そうな表情が浮かぶ。
もともと自分の存在意義などない。
ただなんとなく生きてきただけだ。
誰にも認められず。
誰も信じず。
(この俺が世界を救うなんて──な。それも2度も?
馬鹿みたいだ。守るものなどないのに)
─でも。だからこそ。
(まあ─悪くない)
「ああケルベロス君。久し振りですね。若いくせにまだ動けないのですか。」
いやみったらしくも懐かしい声が聞こえた。
うすぐらい闇の中かから白衣をまとった一人の男が現れた。
色素の薄い金色の瞳でケルベロスを見下ろしてきた。
「──ふん。イカレ研究者か・・・・お前もやられたようだな、アーリマン。」
「なかなか見ごたえのある少年少女だね、光の戦士君たちは。」
「・・・そうだな。」
「・・・二人とも、やはりやられてしまったようですね。」
「アーリマンには特に苦戦するのではと思いましたけど。」
二つの男女の声が聞こえてくる。
これも耳になじむような懐かしい声。
心の奥に温かいものが広がっていくのを感じながら、闇の中をのぞく。
柔和そうな大男と美しい細見の女性が対称的に現れた。
「デュアル君にエキドナ嬢。これはおふた方もどうもお久しぶり。
お元気そうで・・・・といってもいいものかな。
」
これから存在がなくなろうというのに、一同に軽い笑みが広がる。
「大丈夫?ケル君。」
水色の髪の女性がケルベロスのほうに寄ってきた。
相変わらずの美貌。
「奴ら──光の戦士は?」
「中央で待っているわ。」
エキドナが細く白い手をケルベロスに差し出す。
(きっと俺達が魂を差し出さなくてはならないと知ったら
奴らはきっと、止めることだろう。)
4人の少年少女の優しさをぬぐいきれないその表情が目に浮かぶ。
そんなに甘くてよくここまで来れたよな。
それが奴らの強さ・・・なのか。
ケルベロスが立ち上がるのを見届けると、白衣の研究者はおどけたように言った。
「さあ、皆さん最後の一仕事にとりかかりましょう。」
他の3人がうっすらと微笑んで足をすすめた。
・・・もし 今度生まれ変わることができたのならば──
あのような光に満ちた人間になれたなら。
end.
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ふいに思い立ってかいてしまいました・・・・!