イシンシア第2部 第五話



  『王からの手紙

「あ〜・・・・。なんなんだ、いったい・・・。」


執務室の中、使い慣れた机に突っ伏しながら頭をかかえてユアンがうめき声をあげた。


困惑した顔に疲れの表情が浮かぶ。



「・・・・私にも何が何だか。」



となりで同じく困惑した顔でイトシンがため息を漏らした。

そんな頼りないイトシンをじろりと一瞥すると、ユアンはうーと、頭をかきむしると上体を起こす。

彼は、持ち主とは違って整えられた室内を見回すと、つぶやいた。




「そういえば・・・ローズは?」

「さぁ・・・ 。退室した後から見かけてませんね。」

「・・・そか。会合が終わってから結構経つよな。・・・・・」


ふぅむん、と若い王は、ため息交じりに苦虫をつぶしたような顔になる。


「・・・なんかすごい笑顔だったよな・・アイツ。」

「・・・そのかわり、ほとんど口を開かなかったですけどね。」

「・・・怒ったかな。」

「・・・・・・どうでしょうか。」


イトシンが苦笑交えながら横目で机で悶えているユアンを見下ろした。


「・・・気になりますか。」


「!!」


思いもよらない意地悪な問いにユアンの目が見開かれる。

わかりやすいように耳が赤くなっている。


「べ、べつに、そういうんじゃないぞ。そういう意味じゃなくて・・・。」



そういうんじゃないなら、どういう意味なのか。

感情の起伏があまりにもわかりやすい主人を見ながら、イトシンは肩を竦めて主に分からないように優しい笑みを漏らす。



「と、・・・・とりあえず、アーシュレイのおっちゃんに手紙を書く。イトシン、準備を頼む。」


「わかりました。」


ささと、ひとつの言葉で大臣が手際良く筆記用具を揃え始める。

一方、ユアンは椅子をずらして、机の後ろに大きく佇んでいる窓からいつものように青々としている空を

鼻を膨らませながら苦々しく見上げた。


「・・・・ったくあのおっちゃんも何を考えてるんだか・・・。 本人手紙一つもよこさず・・・・。」


「そういえば、そうですね。レイルズ王子の口からしか話を伺っていませんが・・・。

ただ、レイルズ王子とルルリア王女の勝手な行動とも思えませんし・・・。」


「そりゃそうだ。レイルズが自分の妹を自分からおいそれと俺に渡すはずがない。」


レイルズがユアンを昔から敵視していることは、周知のことだ。

それが大事な妹をそんな相手に嫁に出すことをよっぽどのことがない限り許すはずがない。



「まぁ、とりあえずこの件については急いで手紙を送ろう。」

手元にいつの間にか揃えられた筆記用具を手に取り、ユアンは面倒くさそうに頬づえをつきながら文を書き始める。


「・・・ 拝啓 青髭のおっちゃんへ・・・ 今回の件は一体どうなってやがるんだ、・・・と。」


「・・・・ユアン様。」


大臣の静かながらも怒気を含んだような低い声に、ユアンの筆が止まる。

ぷくぅとほほを膨らませ、書いていた紙をぐしゃぐしゃと丸めてほっぽる。

それは見事にゴミ箱に命中したが、それに喜びもせずユアンは手紙を改めて書き始める。



「拝啓、アーシュレイ王・・・ 平素は・・・」


ようやくまともな文を書き始めるのを確かめると、イトシンはほっとしたようにため息をついた。


「お茶でも淹れてきましょう。」


「・・・疲れたから甘いものも欲しいな。」


「わかりました。」


イトシンはほほ笑みながら軽く退室のお辞儀をする。そして、部屋の扉に手をかけようとした──と、その時。


トントン、とノックの音が聞こえ外からくぐもった声が中に入ってきた。


「──警備のポーペです。アーシュレイ国王より文が届きました。」


ユアンとイトシンは何かを確認するようにお互いの顔を見合わせると、警備兵に中に入るように指示した。

失礼します、と、一人の青年が姿を現わす。

濃いブラウンの前髪の下、同色の眉と瞳がどこか怒っているかのような形をしている。

しかし、別に怒っているわけではなく、これが普段の表情だというのは長く付き合ってきたユアン達にはは十分分かっている。



「おっちゃんから?手紙って?」



「 はい。今しがた門の番をしていた際に届きまして。ちょうど交代の折りもあり自分がお持ち致しました。」

警備兵はそういうと足早にユアンのところまで行き、片手に持っていた白い封筒を両手で持ち直し、差し出した。


「あ、うん・・・、ありがと。」


機敏に差し出された封筒にまごつきながら、ユアンはそれを受け取る。

封筒には確かにアーシュレイ国王の蝋印が押されていた。


ユアンが確かめるのを確認すると、では、とポーペは一礼をして扉に向かう。


金色のドアノブに手がかかろうとしたその時、ポーペがふいと振り返ってユアンを見た。


「・・・こういったこと申し上げるのはいかかがと思うのですが・・。」


「うん?なに?」


封筒にすでに手をかけていたユアンが気のない返事をする。


「先刻ローズ嬢がおひとりでにお出かけになられました。 薔薇渓谷に行くといってられましたが。

・・・何か上の空のようで様子が少しおかしかったので気になりまして。」


ユアンが手を止め、顔をあげる。その新緑の瞳が警備兵の茶色い瞳と合う。


「・・・そのあとレイルズ王子がローズ嬢を探しているとのことで、おでかけになられました。」


「レイルズが?・・・・。」


ユアンがまるで嫌いな苦い野菜を食べた時のような顔で応答する。


「はい。一応お耳に入れておいたほうがいいかと思いまして。・・・では、失礼します。」



言いたいことを言うと、キィ、と扉を軋ませ警備兵はすっと部屋をでていった。


「・・・・彼なりの忠告でしょうね。」

イトシンがおもむろにつぶやく。


「・・・・。」


ユアンは不機嫌そうに封筒を破き開いた。



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親愛なるイシンシア国王へ


元気かね?すでに レイルズとルルリアはそちらについているだろうか。

詳しい話はレイルズからも聞いておることだろう。

前々から婚姻の話はしていたが、そろそろお前さんもいい歳だ。

国王として、職務を全うするためにも世継ぎの事を考える時期ともいえよう。

ただルルリアはまだイシンシアの事をよく知らん。

このまますぐに嫁いだとしても、右も左もわからんようでは

アーシュレイの名にも傷がつく。

よって、ルルリアを行儀見習いとしてひと月ほどやっかいをさせて貰おうと思う。

なぁに、頭のいい子だ。すぐに慣れるだろうから安心しておくがいい。

きっと、いい王配となるだろう。よろしく頼む。


ところで、手紙を先に送ろうと思ったのだが、ルルリアが一刻も早くお前さんに会いたいといって

手紙を書く間もないまま先にそちらに行ってしまうことになってしまった。

この件については失礼する。では、また会おう 。


アーシュレイ国王  トレイア・トランフォード

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「・・・・・っ・・あんの狸親父が!」

「・・・なんと書かれていたのですか?」


ユアンはむすっとしたままイトシンに手紙をつきつける。


「・・・・おっちゃん・・ルルリアのせいにしてるが、わざと手紙を遅らせたな。」

イトシンは手紙にさっと目をやりながら、応答をする。


「・・といいいますと?」


「手紙より先に当人たちを送ってしまえば、断るに断れないだろ。」


ユアンはそう言うと、疲れたように目をつむって、両手を組んで額を抑えた。


イトシンはなるほどとつぶやき、さらにその詳細を続ける。


「・・・特に来たばかりの嫁候補ルルリア姫をこちらから直ぐに送り返しでもたら、ルルリア姫自身の名に傷が付いてしまいますし、

そんなことをしたら、国家的にはイシンシアがアーシュレイを侮辱したことになってしまいますね・・・・。」


イトシンの眉間にも皺が寄り、はぁとため息がでた。


「・・・・とりあえず、行儀見習いとしては一度受け入れないとな。

あとはルルリアからこの話を破談したいと思わせるのが手っ取り早いんだけど・・。

どうしたもんだかな。・・・まぁ、そこらへんはうまくやるか。 」


ユアンはぶすっとした顔でんーと伸びをした。今はこれ以上考えてもしょうがない、といった感じだ。

そんな君主を横目にイトシンがつぶやいた。


「・・・こんなことになるなら、さっさとローズと婚約でも発表しておけばよかったですね。

私も油断をしてました。

心に決めた人がいると言えば、ルルリア姫もわかってくれるのではないですかね。 」


「・・・はぁっ?な、何言ってんだイトシン・・・・」


あきらかに図星とわかる若い王の表情に、困ったように笑ってイトシンが背を向けた。


「・・・・さて、遅くなりましたが、お茶でも淹れてきますね。」


イトシンはそういうと、さっさと扉に手をかけて外に出ていった。



部屋には一人、困惑した表情の若王のみが残された。





 






     ―完―





                          


  背景:トリスの市場
                                                                                       

               

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