イシンシア第2部 第二話



 
王様と王子と王女』

 

「本当に、身に覚えがないと?」



白亜に彩られた建物の中、つかつかと甲高い足音をたてながら、
その二人はまるで競うように長い廊下を進んでいく。


「しつこいな、イトシン。知らないものは知らないってば!」




行き止まりに、赤こげ茶色のつややかな扉が鎮座していた。



それまでの勢いはいったいどこにいったのか。
二人はぴたりと足をとめると、顔を見合わせた。
ユアンは、イトシンに目で「おまえがあけるようにと」訴えるがイトシンは目で拒否をする。

いやそうな顔をしながら、ユアンがおそるおそる扉を開け、その隙間からそっと顔を出す。



「う。」


部屋の中の大気が重い。
思わず苦味虫をつぶしたような声に中の人々の視線が一斉に新参者の姿を捉える。

微動だにしないユアンごしに、イトシンが扉に手をかけた。

「私もすでに心臓が凍る思いをしましたよ、ユアン様。」


そういうと、若い大臣は強く扉を押しあけ、若き王の来訪を告げた。

 

「ユアン様、お連れしました!」


広い客間に何人かの人間が長い机のサイドに居る。大老や他側近の者たち───そして。

 

「ユアン様、お会いしとうございましたーっ!」

 

いきなり青いものがユアンにとびかかってきた。

「うわあっ!?」

なんだか抱きつかれた感触。

「な、ななんだよ?!」

びっくりしたユアンがその者をひっぱりはがす。

視界にはいったのは、一人の少女。

金の巻き髪に青い瞳、身にまとうのは青い豪奢な衣装。どこかでみたことのある顔だ。

───はて。

ユアンが自分の記憶をまさぐっていると、相手から名乗りを上げた。

 

「お久しゅうございます、ユアン様。アーシュレイ王国の第一王女、ルルリアでございます。」

長いまつげの青いきらきら光る瞳でユアンを見上げてくるこの少女。

隣国の王女、ルルリア・トランフォード。

もちろん、交遊の多い国の王女だけあって、ユアンが知らないことはない。

しかし。

(──なぜ、彼女がここに?)




「よう、ユアン。元気そうだな。」

 

藍色の髪の一人の青年がソファーでくつろぎながら、片手をあげた。人をみくだしたような、その面。

間違いなく・・・

「レイルズ!いったい、どういうことだこれは?」

レイルズ・トランフォード。ルルリアの兄、いわばアーシュレイの第一王子であり、次期王位を継ぐであろう、その人物だ。

優雅に眉根を寄せて、困ったように髪をかきあげ、見下すようにユアンを見る。

 

「そんな言い方は心外だな。親戚になる、というのに・・・。
ユアン、お兄様とよんでくれてもよいのだぞ?」

「ハァ?!ふざけるなッ」


「落ち着けユアン。我が最愛の妹がお前の嫁となるのだ。喜ぶがいい、身に余る好機だぞ?」



「嫁だぁ?!」


「──父上はお前の事を気に入っているから致し方ないことだが。
・・・前々からお前にルルリアを嫁にやると言っていただろう?」


確かに。そんなことをいつも聞かされてはいたが。

「冗談じゃなかったのかよ?!」



「政事に冗談などあるか。これを機にイシンシアは、アーシュレイ王国という大国の
バックグラウンドがつくんだぞ?お前にとっては、いい話じゃないか。」

レイルズはフッとユアンに向けて嘲笑すると、今度は目の前に座る桃色の髪の女性に微笑んだ。

「──── と、思いませんか、ローズさん。」


ユアンは、ローズと呼ばれたその人物に恐る恐る目を向ける。


ローズは、きれいなその顔を微動だにせず、
すっとその桃色の瞳だけユアンのほうに向けた。

ユアンと目があうと、ローズはものすごい笑顔で微笑んだ。

「・・・そうですわね、・・・・よかったわね、ユアン?」

 

ユアンの額から冷汗が流れる。


「ちょ、ちょっとまてよ ローズ・・・」

 


「と、いうことで暫く御厄介になるよ?」

間を入れずレイルズが楽しそうに声をかける。

 「───は?厄介?」

ユアンの眉根が細まる。

「ルルリアの”行儀見習い”だよ。──俺も目付役としてしばらく御厄介になるから。

よろしく頼むぞ?」





満面の笑顔でレイルズ゙がユアンを見上げた。





 

 



     ―完―





                          


  背景:トリスの市場
                                                                                       

               

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