イシンシア第2部 第一話



 
『王様と玉子屋』


 

「王様、いい加減に──お帰りください。」

イシンシアの町の一角にある玉子屋で。

その主人が疲れた溜息をつきながら、通常では考えにくい言葉をはいた。

「カラード。王様に向かって、それはないだろー。つれないやつだなぁ。」


椅子を逆に座り、背もたれに顔をのせて少年が頬を膨らませた。

大人になりかけた顔がそのせいで幼く見える。

 

「ユアン様。ここで私の仕事をご覧になられるのは別にかまいませんが、大臣様がきっとお探しですよ。

・・・・・毎度のことですけど。」

 

玉子職人、カラーとの前でぶーぶーと文句をたれているこの少年こそ、このイシンシア王国

第8代目国王ユアンである。突然先王の気まぐれで5年前に王位を継ぎ、現在に至っている。

そして先日17歳の誕生日を迎えたばかり。・・・そう、彼は12歳で王位を継いだ歴代最年少の王である。

 

「たまには俺だって、息抜きしたいんだーって。・・なぁ、カラート。

・・・・俺にも玉子って造れる・・?」

 

『玉子』は、イシンシアでは命の器であり、子どもたちはこの造られた器(玉子)に命が入ることに

よって、生まれてくる。いわば、この国では『玉子』は子宮であり、神器である。

カラートはその中でも著名な職人であり、さらにその父は今彼の前でふてくされている王の玉子を造った人であった。

 

「なーにをおっしゃるんですか。遊び半分で造るものではありませんよ、オオサマ。

・・・と、いうか。そのようなことをしている時間などないでしょうが。」

 

カラートは作業中の手を休めて、手のマッサージを始めた。

こわばった筋肉がコリコリと痛気持ちいい。

玉子に施す装飾は繊細で地道な作業である。

いずれは割れてしまうものではあるものだけれども、

命の器であるそれに最大の敬意を払って造るもの。

─── そうカラートは敬愛する父の言葉を大事にしていた。

 

「ちぇ。つまらないなぁ。」

ユアンは唇を突気出して、ため息をついた。

片手でそのやわらかそうなタンポポ色の髪をかきあげる。

身なりはそれなりにいいものを着ているが、知らない人がみればただの貴族の悪餓鬼としか見えないだろう。

以前に比べれば外見はだいぶ大人びてきたといっても過言ではないが、どうも伴う行動の成長は

あまり見受けられない。

 

「そういえば、王様。先日は誕生日、おめでとうございました。・・・もう17ですね。」

「おう、そうだな。・・・時のたつのは早いもんだなぁ。」

ユアンはそういうと、傍の窓から外をみた。

明るい日差しに緑の目を細める。

 

この王様がカラートの店に顔を出すようになっていったいどのくらいの月日がたっただろう。

いつも彼の前の椅子に座っては彼の仕事をみてああだこうだと声をかけてくる。

それは彼がまだ王になる前から。

あれから背も伸び、声も低くなった。いつも見ているからこそ気にならなかったが、

過去と比較すると、本当に大きくなったものだ。

そんなことを思いながら、カラートは苦笑する。(まるで父親だな)

 

・・・・父親か。そういえば。カラートは面白いことを思いつき、にやにやとユアンを見た。

 

「そうだ。17といえば、先王は17であなたを授かったのですよね。」

 

「・・・ん?おう。そうだな。」

 

ユアンが不思議そうにカラートを見返す。何がいいたいのか気づいていない。

 

「で。ユアンさまのお世継はいつですか?」

 

「およつぎ・・・・・?」

 

「早くユアン王の御子の玉子を造りたいですなぁ」

 

「───!」

 

ここでようやく理解できたらしい。ユアンの目が驚きのあまりlこぼれそうに見開かれる。

してやったりとカラートはほくそ笑んだが、ユアンが椅子から転げおちるのをみると

あっけにとられてしまった。

 

「ちょっ・・・!ユアン様、だ、大丈夫ですか。」

 

ユアンがのっそりと椅子の座に体を預けて起き上った。

その顔はまるでゆでダコのように真っ赤だ。

 

「ななななななななななな・・・何言ってんだ!い、いきなり・・

カラート!おやじたちは早すぎんだって!

ばばばば、ばかじゃないのかっ・・・・」

 

あまりのユアンの過剰ともいえる反応に、カラートはこみあげてくる笑いを抑えることができず、

口を手で覆いながら肩で笑い始めた。

「な、ななななに なに笑ってんだ!」

 

こまっちゃくれた悪がきで。

わがままな王様だけれども、こういった素直なところが

この王が国民たちに愛される所以なのだろう。

そして、このカラートもその国民の一人であることに違いはなかった。

玉子職人にふっとやさしい笑みがこぼれる。

(本当にこの人は───)

 

そんな中、ユアンが苦し紛れにカラートにひとつの事実を突きつけた。

「お、おお お前だって まだ嫁さんいないじゃないか─ー!!」

 

 

 

・・・・・

 

ピシッ

 

カラートの笑みがひきつった。

 

ユアンがはっとして、椅子から立ち上がりそろそろとあとずさった。

 

「あ、か、カラート。お、俺、今日はもう帰るな、あはは、じゃ、ま、またなっ」

 

体を震わせているカラートを横目に、

おそるおそるユアンが外へ続くドアの取っ手に手を伸ばした、その時。

 

 

「ユアン様!」

 

バシンッ

 

いきなり、ドアが開かれ、一人の背の高い青年が現れた。

 

「ユアン様!!ここに居るのはわかって───っ・・・?」

 

青年は焦ったようにきょろきょろとあたりを見回す。彼の視界にはぼーぜんとしている

玉子屋の姿しか入らなかった。

「すみません、王は────・・・。」

カラートはあっけにとられながら、開かれた扉の蔭を指さす。

開かれた木製の扉の陰から白い手がぴくぴくとうめき声をもらした。

 

「・・・・い、イトシン・・・お、お前・・・・・。」

 

イトシンははっとして、扉をすこし引き戻すと、その後ろで伸びている若王をひっぱりだした。


「ユアン様!そんなところで何あそんでんですか!」

 

「あ・・あそんでって───イトシン、おっおまえな────!!!」

 

壁にぶち当てたのだろう、赤い鼻をさすりながら、涙目でユアンが

これまた若い大臣をにらみ上げた。

 

「それに、お前ノックもなく失礼だろ───!」

 

それにしては、イトシンにしては珍しい行動だ。

 

「それどころじゃありません!ユアン様!」

 

がっと両手で肩を掴まれたにユアンは体をびくりとさせて一歩下がる。

 

「イ、イトシン・・・?・・・ご、ごめんな、す、すぐ仕事に───」

 

「あ・・・・あなたはこの私にまで隠し事をして・・・。」

 

珍しくあのイトシンが泣きそうな顔をして王を見下ろした。

 

「いったいいつ、結婚されたんですか────!!」

 

 

 

・・・・

 

 

一息おいて。ユアンとカラートの声が重なった。

 

 

「「は?」」

 



 

 




     ―続―





                          


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