イシンシア第2部 序章

 『私の居場所』




頭上に広がるその空は 薄青く遠く。
 
足元に広がるその渋緑の草原は さらさらと流れる風になびいている。


目の前の岸に見えるのは、 頑丈で、美しい建物たち。



すでに自分の記憶にある 過去の街像とは 大きく変貌をしている。


ただ、体に流れる何かが、その土地こそが自分の生まれたところだということを語っているようだった。



「遠い昔の その戦争の後、一旦占領した国のものに統括されたのだけれど。」

隣で 背の高い男が 街のほうを眺めながら呟いた。
少女は 彼のほうに視線を向ける。
彼の藍色の少し長めの髪が、緩やかな風にさわさわと流されている。


「それから 内乱があり、今では共和国となったんだ。
今は自他共に認める、平和な国となっているよ。」


最後の言葉を耳にすると、少女は軽く頷き、再び街へとその視線を動かした。
まぶしそうに目を細める。



(皆が幸せなら良かった。 でも、 もう この土地には 私の居る場所は ないのね)


「親族の人たちに会っていくかい?」

青年の優しく深い声が耳に響く。


少女はそっと首を振った。


「もう、この国に私は要らないわ。」





 ふいに 彼女の中で 何かが弾けた。

ふわと、桃色の髪と 薄紅色の瞳の色が 少し、青みを帯びた。

封じ込まれていた、『時』の扉のドアが漸く開かれたのだと、彼女は悟った。





「帰りましょう、ラヴァル。イシンシアに。」



─────あの、我侭で鈍感で、そして深い青空のように 優しい王子の居る国に。
















                                   ―了―





                          


 
背景:トリスの市場
                                                                                       

               

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