藍色の山の 天文台。




 イシンシアのお城の近くにある藍色の山。
そのてっぺんには国で一番大きな天文台があります。

一番大きいといっても、とても小さな国なので、天文台はここ一つだけなのですが、
みんなが自慢するほどに そこには大きな天体望遠鏡があるのです。

そして今夜も、そんな巨大な天体望遠鏡の背の高い座席にちょこんと腰をかけている
小さな影がありました。
(座席に座るには大人二人分位の高さの梯子を上っていかなければなりません。)

周囲の窓から入る月明かりと、座席の足元にちょろちょろと
揺らめくランプの橙光だけの薄暗い室内、うっすらとそのあどけなさが残る横顔が見えます。

あどけなさが残る、とはいっても表情は真剣そうです。
じぃと 、その望遠鏡から天空を覗き見ています。





「そんな格好では、風邪をひきますよ。」


「ひゃぁッ!・・・っと・・わわわわ・・っ」


下からふいに声をかけられ、座席の上の少年はあんまりにも驚いて椅子から
転げ落ちそうになりましたが、どうにか落ちずに体勢を整えました。


「大丈夫ですか?ユアンさま。」


「だ、『大丈夫ですか?ユアンさま。』  じゃなぃよっ。
んもぅ 危ないなーっっ 驚かさないでよ、コール!
落ちちゃうとこだ!」


薄黄色の髪を整えながら、ユアン少年は高い声で叫びます。


「いえ、無事でなによりでした。」


ユアンが月明かりに照らされた人物を見下ろすと、そこには
銀色のめがねをかけた、優しそうな中年の白衣の男性がいました。
保父さんのような笑顔でユアンを見上げています。


「・・・・涼しい顔しちゃって。もう。」

ぷぅとむくれるユアンに コールはふふふと微笑みました。


「ホットミルクを用意しましたよ。
冬も深いのですから、
そのような薄い召し物では体を冷やしますよ。
毛布も持ってきましたから、羽織ってください。」


「おぅ、気が利くじゃん!さんきゅぅ。
実をいうとちょと寒かったんだよね。」


さっきのむくれ顔が さっと笑顔に変わり、ユアンは飛び降りるように梯子を降りました。


「その降り方のほうがよっぼど 怖いですよ。
まぁ、夜中に王様がこんなところにきていると知った時の、
大臣のほうが怖いでしょうけど。」

コールがそっと湯気の立つコップを渡します。


「ありがと。 ・・イトシンにはぜったーいに 黙っててよ、コール。」


渋い顔をしながら甘く温かいミルクをユアンがすすりました。


「わかってますよ。僕まで怒られてしまいますからね。」

若い大臣の怒った姿を想像したのでしょうか、
くすくすとコールが返答しながら、毛布を少年の肩にかけました。

そんな局長に、「ずっけい奴だな」と少年はふくれますが、
口元は笑みがぽろりと零れ落ちています。






「それにしても ユアンさまは 本当に空を見るのが好きですね。」


近くの窓から、濃紺の空を見上げながらコールが声をかけました。


「うん、だって面白いよ。それに綺麗だしな。コールだってそう思うから
ここの局長やってるんだろ?」

いつのまにか近くにあった机の上にちょこんと腰をかけて、ユアンが
窓の外を見ているコールの横顔を見上げています。


「そうですね。大変綺麗です。」

楽しそうにコールが振り返りました。
その笑顔にこの幼い王様も満足の笑顔を返します。



「でも、僕は綺麗である以上に、この大きな天の理を知りたいと
思い、この職を志願したのです。」


窓のガラスに手をかけ、コールは遠くを見るように夜空をまた
見上げました。
白い月の光が、夜空の色にぼんやりと中和され、
コールの顔をやわらかく照らしています。


「しかし、その理とは大きすぎてつかみきれないこともあります・・・。
そしてそのものに近づけば近づこうとするほど、
その天というものの巨大さに、自分というものの存在の小ささを改めて
感じてしまいます。」


コールが軽いため息をつきました。
近くの窓ガラスの一部がその息の為に一瞬曇ります。



「・・・・でもな、コール。そんなこといったらお前よりちっこい
俺様はもっとちっこいものってことになっちゃうじゃないかー。」


ふいに、ユアンが不満そうに唇をつきだしていいました

「いえ、体の大きさのことでは・・・」

軽く顔をユアンのほうに向けて、コールがハハと苦笑します。

ユアンは机から、よっこらしょと飛び降りるとゆっくりとコールのほうへと
近づいていきました。

そして、コールの隣に立ち並び、その窓から紺色の天を見上げました。


「それにな、空はおっきいけどさ、コール。」


「はい。」



「俺が寒そうだから、といって毛布やホットミルクは持ってきてくんないんだぞ。」



「・・・・・。」


コールはきょとんとして、隣に佇む少年を見下ろしました。


「でも、コールはしてくれた。・・・だろ?」



ユアンはニヤっと笑いながら、白衣の天文台の局長を見上げました。

すると、きょとんとしたコールの顔に笑みが広がっていきました。
そして軽く目を閉じて頷きました。


「ええ、そうですね。」


「そう。そのとうり。でなかったら俺は風邪をひいてたかもしれん。
と、いうわけで ・・・・居てくれてありがとな。」


ちょっとユアンは照れくさそうにもう一度空を見上げました。





夜空がウィンクをしているように、沢山の星が瞬いてるのが見えます。






イシンシア王国の、寒い、冬のとある一夜のお話。






<<了>>

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