魂と織物。

 



『深緑の森』の奥深く、巨大な倒木から出来ている『再生の塔』。
それは、『玉子屋』に作られた『玉子』に魂を吹き込む場所。
倒木の枝に僅か残った光る葉が、体を失い大気に漂う魂を絡めとる。
その魂は糸のように紡がれ次の新しい魂を織り上げる一片となるのである。

一体いつからそれはそこにあったのか、誰も知らない。
ただ、『再生の塔』の管理者達だけはそれを知っているのかもしれない。


「これが、『再生の塔』?」

ユアンは塔をじっと見つめた。巨大な倒木のが目の前に横たわっている。そして、その巨大な一枝が天に向かって

垂直に伸びていて、それがどう手を加えたわけか、そのまま塔になっている。そして、その枝の先には、
金色に光る大きな葉が一枚、風に揺れていた。
名前だけは知っていた場所。だけど凄く懐かしく感じるのは何故だろう?
周囲の大気さえも、今までとは違って感じる。深く身体に染み込んでいくような感覚。
ユアンは息をつまらせた。
隣では、『王様研修』と称してユアンをつれてきた本人であるイトシンも、呆然と、前にそびえる建物を見上げている。

「こんにちわ。ユアン様、イトシン様。お待ちしておりました。」

不意に後ろから声をかけられ、二人はびくっとして振り返る。
後ろには、一人の人間が立っていた。珍しい黄緑色の長い髪、そして深い森の色をした瞳。
そして、微笑みを浮かべるその顔立ちは、若く美しく整っている。それは女性とも男性とも判別がつきにくい。
それに、幾つぐらいなのだろうか。傍目、青い屋根の教会にいるラヴァルぐらいの年齢に見えなくも無い。

「あ、ああ、あの、あ、管理人のかたですか?」

どもりながら、イトシンがその人物に話し掛ける。いつも冷静なイトシンにしてみれば、珍しい事だ。

「はい。ここの管理人の一人、エファーリアと申します。」

エファーリア、という不思議な若者は低くも高くもない綺麗な声で答えた。
声までも男性のものとも女性のものとも判別のつきにくい声だ。

「え、ここの管理人??……俺、てっきりジジィばっかりだと思ってた…。」

「こ、こら。ユアン様っ。失礼ですよっ。」

イトシンは、慌ててユアンを嗜めるが、ユアンの遠慮のない本心の言葉に、エファーリアは楽しげに笑った。

「いいんですよ、本心を素直に言えることは悪いことじゃありません。
…それに、私も年寄りといえば、年寄りですから。…私は貴方が生まれるずっと前からここにいますし。
勿論、貴方がたの美しい玉子も、赤ん坊の頃の貴方がたもよく知っていますよ。本当に、大きくなられましたね。
お二人とも。」

「……じゃあ、オヤジ達も知っているんだ。」

「勿論ですよ。ユアン様の父上様の魂は、至極美しい色と模様をしていられます。貴方の魂もあの方の模様に
よく似ていらっしゃいますね。色は母上様譲りみたいですね。とても明るい色をしていらっしゃる。」

「魂の色と模様?…俺の魂が見えるの?」

小さな頭を傾げながら、幼い王はエファーリアを見る。

「ええ。何せ、この塔の管理人ですからね。それに、全ての魂は全て織物ように出来ているのですよ。」

「ねえ、エファーリア。イトシンの模様はどう?」

ユアンがニマニマと笑いながらエファーリアに問うた。

「イトシン様も父上様によく似て、模様は形が整っていますね。それに整然としていて。
ただ、色が少し控えめですね。もう少し明るい色があればよいかも知れませんが。」

「あはは〜、暗いんだってさ、イトシン。イトシンの性格、そのまんまじゃん!!」

イトシンは隣で口に手をあてて、ふくふくと笑うユアンをじろり、とにらんだ。

「エファーリアさんはそんな事言ってないでしょう・・!。」





塔の中は外の光があまり入らないため、薄暗く、涼しかった。
ただし、絶えず「カタン、コトン」という小さな音が響いている。

「これは何の音なの?」

「紡いで糸状にした魂の断片を、新しい命へと織り上げている音です。機織の部屋には後でご案内いたします。
まずは、こちらへどうぞ。」

エファーリアは二人を螺旋状に上に向かう階段へと案内した。

「この塔は五階まであります。一階は我々の住む場所。
二階は玉子の預かり場。三・四階は機織の場所。最上階は、魂の糸を紡ぐ場所です。
魂が玉子入れられるまで、順番にご紹介しましょう。では、まず最上階の『魂を紡ぐ部屋』へ行きましょう。」

エファーリアを筆頭に、三人は、ぐるぐる階段を上って行く。
歩きながら、、管理人が二人に問うた。

「お二人とも、玉子に魂が入れられるまでの過程は簡単にはご存知ですか?」

その問いに、イトシンが答える。

「ええと、まず夫婦になった者たちが、『玉子』を造ってもらって、それを『再生の塔』に持ってきて…魂を
入れてもらう。…ですよね」

「そうですね。そのとうりです。でも、どのように魂が入れられるのかは知らないでしょう?
どのように魂が造られるのかも。」

ユアンとイトシンは同時に頷く。

「では、今日はその流れをよく見ていってください。これは誰も知らなくてよいことです。
しかし、貴方がたには是非知っておいていただきたいと思います。」

更に二巻き、三巻きと階段を上り、三人は最上階へと着いた。

「さて、最上階のここが糸を紡ぐ間です。この塔にある『光る葉』が絡めとった魂を糸のように紡ぐのです」

薄暗い部屋の中、何十もの小さな糸車がカラカラと音を立てて回っていた。
部屋では何人かの「管理人」が忙しく動き回っている。彼らは三人の姿に気づくと、
笑顔でさっと軽い礼をし、仕事を続けた。『管理人』とはいっても、ユアンの目にもイトシンの目にも、普通の人達に
見える。女性や男性、初老のものからまだ若い人、全員がローブを着ているという事以外、あまり街の人達と
変わりない。

「彼らは糸状にされた魂の欠片を回収しているのです。」

「でも、糸なんか見えないよ?」

「紡がれているのは、魂ですから。ただし、我々には見えるんですけどね。」

「ふーん。・・エファーリア、さっき俺の魂の模様を見たもんね。
そうだ、紡がれるの魂は、人間のものだけなの?」

ユアンがエファーリアを見上げる。

「さまざまな魂を、紡いでいます。人や樹や鳥…。全ては魂の糸に還り、新しい魂の一部となるのです。」
一つの魂は、色々な魂の断片から織り上げられるのです。・・では『機織の部屋』に参りましょう。」




 今度は一巻き程階段を下ると、四階にある部屋に続く扉があった。三人はそこで四階に出た。
そして、招かれて入った部屋には、幾つもの機織機のようなものがものが並んで、人手もないのカタコトと
動いている。管理人と思われる人が数人、部屋の奥のほうで織機の様子をうかがっている。
エファーリアは管理人達に、軽く礼をする。相手も、もの静かに礼を返す。
ユアンとイトシンは不思議そうに機械を見た。単に織機が動いているようにしか見えない。

「ねえ、何も見えないけど。ちゃんと魂、織られてるの?」

「ええ。ちゃんと織られていますよ。
まず、母親と父親になるものの魂の一部を少しいただいて、織り上げる魂の本線にします。
それをこの機織機に置くと、先程上の階で紡がれた様々な魂の糸が自ずと組み合わさり、
一つの魂という織物が織りあがるのです。」

「さっき言ってた、樹とか鳥とかの魂の断片も?」

「そうです。一つの魂は、色々な魂が少しづつ組み合わされ、出来上がるのです。
ですから、ユアン様。貴方も、幾百、幾千もの命の断片から造られているのです。」」

「幾千もの命から?」

ユアンが大きな目を更に大きく、そして丸くする。

「既視感というものは知っていらっしゃいますね?」

「うん。」

「それは貴方という一つの反物を構成している、各糸---つまり魂の断片---の記憶なのです。
……ちょっと難しいですかね?」

「ううん。なんか、分かった。では、俺の魂もやがては他の色々な魂達の一部になるんだね。」

ユアンは深いため息を漏らした。何かが一杯になったらしい。

「そうです。」

そんな様子を見て、エファーリアは優しく微笑んだ。

「さあ、玉子の待つ部屋に行きましょうか。」


螺旋状の階段を二巻き降りると、二階への入り口があった。
二階も、建物の構造はあまりかわりはない。しかし、玉子の部屋はそのさまざまな模様や色の玉子で
にぎやかに彩られていた。一つ一つ、大きな棚に大事そうに置かれている。そして、それぞれの玉子の前には
親の名前が記されたプレートがかかげてある。

「先程の部屋で織られた魂が、ここにいる玉子達に入れられるわけです。」

ユアンも、イトシンも玉子の量の多さに目を見張り、キョロキョロと辺りを見回している。

「かつては、貴方がたの玉子もここにあったんですよ。特に、ユアン様の玉子は格別に美しかったですね。
あれは、玉子職人のイリエルさんのものだったとききますが。最近では、彼の息子さんの玉子がこの部屋を
一層美しく彩ってくれていますよ。」

「そうか。俺の玉子もかつてはここにいたのか…。」

ユアンは並ぶ玉子に近寄っていく。これから魂をいれてもらう玉子。しかし魂が体を得た瞬間、玉子は割れて、
その役目を終えるのだ。ただし、割れ方によってはそのままとっておく人も多い。
ユアンは隠しつけていたネックレスを取り出す。その先には、自分の玉子の小さなかけらが
ちょこん、と取り付けられていた。

「俺、こなごなにしちゃったからな…。お前が俺を入れる前にいた場所だぞ。」

ユアンはぼそっとかけらに向かって呟いた。そして、かけらを握りながら、周囲を一回りする。
その様子を、もう二人は優しいまなざしで見守る。

「あ、これこの間カラートが造っていた玉子だ! 何々?親はメイル・リリックとエリカ・ローザかぁ。
酒屋の息子と宿屋の娘だな。そうか〜、あの二人の子供の玉子だったのか〜。
うんうん、これならいい子が生まれるはずだぞ。俺様がアドヴァイスしてやった玉子だからな!!」

不意にいつもの調子にもどった王に、イトシンとエファーリアは顔を見合わせて苦笑をもらした。



「今日は有難うございました、エファーリアさん。」

「有難うな。」

二人の少年はそれぞれの形式の違う礼を述べた。
深い森は先程より、蒼さが増したようだ。もう夕暮れが近い。
少年達の顔が、きた当初より少し凛々しく見えるのは辺りの暗さのせいだろうか。

「こちらこそ、楽しかったですよ。またお話でもしましょう。」

エファーリアの笑顔は薄暗がりの中でも、人の心を和やかにさせるような力がある。
そんな笑顔に二人の少年は少し顔を赤らめながら、挨拶をし、森の外へと向かっていった。
まだ幼い少年達の背を見送りながら、エファーリアは誰にともなく呟いた。

「織り上げられた魂の模様も色も、その人が生きていく間に変わっていくもの。
ユアン様、貴方の魂は織り上げられた時よりも、とても明るく、綺麗なものになっていますよ・・・。」




深い森を出ると、既に空は深い青の群れで覆われていた。ほんの僅か、山間が蜜柑色を残している。
少年達は深く息を吸った。

「さあ、急いで帰りましょう。」

「ああ、うん。・・…なぁ、イトシン。俺、エファーリアに一つ聞き忘れた事があるんだ。」

「何ですか?」

「・・…エファーリアって、男なのかな?女なのかな?」

遠くで、夕暮れの終わりを告げるかように、カラスが鳴いた。

-了−


何か、宗教がかってしまいましたかね(汗)


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