ぐぉん ぐぉん ぐぉん・・・・ 変な音をたて、不思議な小部屋タイプの昇降移動用の機械が、一人の少年をゆっくりと上へ上へと連れて行く。 しかし、まだ幼い少年にとってその珍しい乗り物は、”用途あれこれ”というより、玩具の一つのようなものだった。 相も変わらず少年は、嬉々としてその機械のあちこちに手を触れてみたり、 覗いてみたりと、忙しなく中を動き回っている。 暫くして、”チーン”と可愛らしい音とともに、その”小部屋”の入り口が開いた。 薄黄色の髪の少年は、その中からポーンと勢いよく飛び出すと大きく自分の訪問を告げる。 「うぃーっす!ポルックス博士〜!!!!ユアンだぞ〜!!遊びにきてやったぞ〜っ!!!」 そう、この忙しなく生意気そうな少年こそ、お馴染み、ここイシンシア王国の王ユアン。 そしてここは、イシンシアのお城から少し離れた所にある、トンガリ山頂上のポルックス博士の研究所。 高い山の上にあるので、博士によって先程の昇降移動用機械が作られたのである。 歩いても昇れるが、昇降用の機械の約10倍はかかることだろう。 ────さてさて。 今日も何かの研究か、部屋の奥の方からドンドン、キュルキュルと変な音が 不思議な金属でできた床上を滑って聞こえてくる。 やがてその変な音に混じって、シュウシュウという音が近づいてきた。 そして向うから現れたのは一つの小さな箱みたいな物体。 シュウシュウ、という音はその物体から出ている水蒸気のそれであるようだ。 その箱みたいな物体には半球体がのっていてそれには目らしきものが二つ。 そして左右に腕が一本ずつ、下には移動用に小さな車輪がついている。 ただ、車輪の形が多少いびつなのか、前に進むたびに体がピョコンピョコンと揺れる。 そしてそんな可笑しな登場に、ユアンは笑みを零しながら駆け寄り、 自分の半分にも満たない、その小さなマシーンをキラキラ光る深緑の瞳で見下ろした。 「よぉ!アルタイル2号〜。元気だったかっ???」 アルタイル2号とよばれたそれは、ポルックス博士が作った小型マシーン。 そのマシーンは、自分の名前を呼ばれ、嬉しそうに今度は頭からぷっしゅーと水蒸気を出した。 「アルタイル2号、ゲンキノコト。ユアンモゲンキ。博士モゲンキ。博士奥イルノコト。 ユアン、来ルノコトーッ。」 アルタイル2号は頭をぐるぐると回し、さらに体をピョコピョコさせながら、また奥へと戻っていく。 ユアンはその可笑しな後をふくふく笑いながら付いて行った。 ☆ ☆ ☆ シュオン・・・シュオン・・・シュオン 奥の部屋の中──博士に言わせると”研究室”──ではまたもやへんてこな機械が 大きな体を横たわらせて、その体を振動させていた。 「ハカセーッ。ユアンキタノコトー!オ迎エ終ワリ。アルタイル2号、掃除ニモドル。」 アルタイル2号が用件だけ告げていそいそと彼の”仕事”に戻っていった。 といっても、その”掃除”というのはどうやら彼の趣味みたいなものらしいが。 「おお、ユアン王。よく参られましたナ。」 声がする方にユアンが顔を向けると、小さな小太りの老人が機械の間からひょっこりと顔をのぞかせた。 丸い小さな眼鏡の下に大きな鼻がでんと威張っていて、その下では白い髭が顎を覆い隠している。 頭は既に禿げ上がっているが、情けばかりに一本髪の毛が頑張っている。 多分博士にとって大事なものの一つであろう・・・と、これはユアンの勝手な憶測である。 「うぃっす、ポルックス博士☆遊びにきてやったぞ!」 「今日はお一人ですかナ?」 「・・・・う、うん。まぁそんな日もあるさ。」 不意にユアンの先程までの勢いが無くなる。どうやら痛い所をつかれたようだ。 「ふぉっふぉっふぉっ。どうやらお仕事から逃げ出してきたようですナ。」 よいしょ、と機械群のなかから博士が出てきた。大きさはユアンぐらい。 ただ、その横幅はユアンの二倍はあるだろう。 「最近忙しくてさ〜。やんなっちゃうよ。」 若すぎるとも思われる王様は、軽く肩をすくませてみた。 「イトシン大臣がきっと探されていますぞ。」 博士はそれに、苦笑交じりに応じる。 「イトシンってばさ、いっつも”仕事仕事”ってさ〜。」 ユアンがぷくぅと頬を膨らませる。 「いいよ、仕事の話は。なぁ、それより博士〜。このでっかい機械なんなのさ? 初めてみるけど。」 「おお、これですか?」 博士が”シュオンシュオン”と体を震わせている巨大な機械を見上げた。 「これはですナ・・。”はな”を作る機械ですぞ。」 「はな?」 「そうそう、植物の花ですナ。」 「それだけで・・・この巨大さなのか・・・?」 ユアンの表情がその大きな四角い機械を見上げて、少しばかり呆れたそれになる。 花製造機械。 そういうには少しばかり───いや、かなりごつい気がする。 「いかにも。あ、ユアン様ちょっとこちらへ。」 博士は得意げに頷くと、ユアンを近くの机に手招いた。 机の上には、色々な色水が入った試験管が並んでいる。 「この中でお好きなものを選んで下さい。」 「なにこれ?」 「うむ、まぁ、植物の種のようなものにあたりますかナ。 ただ、色々と調合したのでどれがなんの花のそれなのかは分かりませんがナ。」 「ふうん。水が種?・・・んじゃ、これがいいや。」 ユアンは並んだ試験管の一番右端にあった薄黄色の水の入った試験管を手にした。 博士は「オッホン」と軽く咳払いをして、それを受け取ると、 花製造機械に設置されている容器の中に注いだ。 ガラスの容器に薄黄の綺麗な水がつるん、と滑り込むのをユアンは近くによって覗き込む。 博士は容器に描かれた目盛りにあわせてその手を止める。 そして、その容器の近くにあったスイッチをポンと押した。 すると、機械は”シュオンシュオン”と何処か絡まった音をやめ、”ぐぉおおおおん”と大きく振動し始めた。 その音にユアンがびっくりして少しばかり後ずさる。 「──先程までは、エネルギーを貯めておったんじゃ。さぁて、ここをちょっとみてておいでなさい。」 博士は笑いながらそういうと、機械に設置されている太いガラスのシリンダーのような所を指さした。 シリンダーの巾はユアンの顔の巾より大きい。 ユアンはぴったりと両手をそのシリンダーに当てて中をのぞき込む。 「何もないよ?」 ユアンは渋い顔で博士を振り返る。 「じっとみてて御覧なさい。」 にこやかに微笑む博士から、またシリンダーへと顔の位置を戻すと今度はもっとよくみよう、と おでこまでそのガラスにぴったりとつけた。 ぐぉおおおおん。 機械が更に大きく身震いをした。その振動がユアンにも伝わる。 しかし、その強い振動に顔をしかめるより早く、ユアンの眼が驚きにまるくなる。 ガラスのシリンダーの中がふわぁっと曇ったかとおもうと、中に可愛らしい花が一輪。 「小ヒマワリだ・・・。」 博士は、ユアンをシリンダーからのくようにいうと、そのガラスの筒を機械からとりだし、 中に生まれたその花を取り出し、ユアンに渡した。 「貴方の選んだものです。どうぞ差し上げますぞ。」 ユアンは、恐る恐るそれを受け取ると、まじまじとみつめていじくった。 初めは困ったような表情をしていたユアンだが、いつしかその緑の瞳がキラキラと輝きだした。 「す・・・・スッゲーな、博士ッ!!!どうなってんの、これ!・・すっげーーーーっ!! 「それは企業秘密ですナ。」 博士はご自慢の白髭をなでながら、ふぉっふぉっと笑った。 「それにしても、小ヒマワリですか・・・・・。これはまた、ユアン様らしい花ですナ。」 「俺?」 「ええ、小さいながらも元気一杯に咲いていて、皆まで楽しく、元気にさせる。 よく似ておりますナ。」 「───そうか?」 ユアンが照れたように首元を掻く。 「ただ、最近はどうでしょうかな?」 ユアンははっとして、眉間に小さい皺を寄せた。 「・・・・・・・うーん。」 「ハカセーッ」 不意にシュウシュウという音をたてて、アルタイル2号が”研究室”に入ってきた。 頭をぐるぐる回転させて、一気にまくしたてる。 「オキャクサマノコトーッ。大臣キタ。オ外グルグルシテキタ。 ユアン、イルカノコト。アルタイル2号偉イカラ、ユアンイル、イッタ。 オジャマシテイイカノコト。博士、ヨイカーッ?」 「げ。イトシン来たのか・・・・?」 「おお、アルタイル2号。大臣様をお連れしなさい。」 「ラジャー。」 アルタイル2号は忙しなくぴょこぴょこと部屋から出て行く。 「・・・・ユアン様、お仕事が大変だといっておられましたが、 大変なのは果たしてユアン様だけなのですかナ?」 「・・・・・。」 「いつも仕事の際には誰かがいてくれるのではないのですかナ。 そしてユアン様がいなくなれば探しまわる・・・。 果たして誰が一番大変なのでしょうかナ。」 「・・・・そういえば、最近イトシン笑ったとこみないな・・。」 ユアンは手にあるヒマワリをいじくりながら呟いた。 「大臣ツレテキター!」 毎度の調子でアルタイル2号が飛び込んできた。 「ユアン様、こちらにいられたのですか!?」 その後に、若いながらも凛とした声が研究室に入ってきた。 そして現れたのは、一人の黒髪の少年。彼こそ、イシンシア国の大臣である。 長い階段を使ってここまできた為か、額にはじんわりと汗が浮かんでいる。 「イトシン様、ご機嫌よう。どうやらまた外の階段からやってこられたようですナ。 まだ昇降用機械は乗れませんか?」 「あ、ポルックス博士。こんにちは、お邪魔致します。 ええ、まだアレはちょっと・・・。それにしてもいつもユアン様がお世話になります。」 軽く一礼すると、ユアンのほうへずんずんとやってきた。 そして酷く神妙な面で声を掛ける。 「──ユアン様。確かに最近色々と忙しくなってしまって大変なのは分かりますが・・・ん?。」 イトシンの話を遮るように、ユアンが手にもった小ヒマワリをイトシンに差し出す。 「───これ、やる。」 「え?」 「帰って仕事の続きするぞ。っと・・・イトシンも・・お疲れ。 ───いつも世話かけるな。」 ユアンがそっぽを向きながら呟く。微妙にその耳が赤い。 イトシンはうっすらと微笑んだ。そしてその黄色く元気な花を受け取る。 「・・・・・もう少し、頑張りましょう。」 少年王は照れながらそれに軽く頷いた。 「うぃし、今日は特別に一緒に外の階段から降りてやるよ。」 研究室の入り口まで来ると、不意にユアンが立ち止まった。 「あ、そうだ。イトシンちょっと待ってて。」 ユアンはささっと博士の所にへいき、その耳元でささやいた。 「あのさ、あれって・・・その・・・薔薇とかも造れる?」 「薔薇・・・・・ですか?造れますとも。」 「そっか。・・・・や、別に何でもないぞ。ただちょっとまたアレ借りるかも。 あ、これは他言無用だぞ!男と男の約束だからなっ。じゃなっ。」 博士は白い髭を撫でながら、アルタイル2号は水蒸気を出しながら、 まだ若い王様後ろ姿を見送る。 「───将来が楽しみだね、アルタイル2号。」 「アルタイル2号ハ将来モウチョット大キクナリタイ、ノコトッ。 ソレ、楽シミ増エルノコトヨー!」 <了> |