王様と玉子屋。

 



イシンシア国の城下町。赤い屋根の並ぶ町並みの一角に、
<<カラートの玉子屋>>はある。

「うーん。困ったな〜。」

<<カラートの玉子屋>>では、一人の青年が、両手に銀のピンセットと
一眼レンズを持ち、古ぼけた木のテーブルを前にしかめ面をしている。
丸眼鏡に、一つにまとめられた焦茶色の髪、同色の無精ひげ・・・・、
この男こそ、この玉子屋の主人、「カラート」である。

カラートは先ほどからずっと、彼の<<作業場>>ともいえるテーブルの上の白銀色の丸い
人の頭より少し大きめの球体をじっと眺めていた。
ただ、時々、独り言をブツブツ言うが、悩んでいるその姿は周囲に微笑みをもたらすような
雰囲気をもっている。
 
「玉子は装飾も大切だからな〜。」

 カラートは仕事である「玉子作り」をしているところである。
そして彼の前にある、その白銀の球体こそ「玉子」。
「玉子」は、イシンシアで採れる白銀の鉱物「シルフェリア」を加工して造られ、
そして、最後にさまざまな装飾で彩られる。
ふかふかの赤いクッションの上にちょこんと座っている球体には既に所々に金や銀の
レリーフが付け加えられていた。
ただし、机の上に装飾片がまだたくさん散らばっているところをみると、
なかなか進んでいないようだ。

「もう少し、右側につけるかな?-------でもなぁ。バランスが悪い気がするしなぁ・・・」

「だったら、いっそのこと左にしちゃえば?」

「あ、成るほど。・・・・・うん、いい感じだ・・・・って。ん?」

突然の助言にカラートが後ろを振り向くと、そこには一人の少年が、唖然とする彼の顔を
にやにやと見ながらドカッと椅子の背もたれを前にして腰をかけていた。

「うぃーす。元気かぁ?玉子屋。」

サラサラとした薄い黄色の髪に、深い緑の硝子球のようにキラキラとした瞳。
荒っぽい口調にしては、上品な紺の上衣に、白いタイツ。
言わずもがな、この国の王、ユアン少年である。

「お、王様〜。い、いつのまに・・…。」

カラートは少年王の突然の出現に、疲れたような声を出した。
好奇心旺盛な彼の王は、度々現れては、彼の仕事に口を出していく。
いやではないが、いつも『俺にやらせろ』などせがんでくるので、職人としてはそれが少し
困り事であった。

「ずっと前からいたぞ、ばかもの。」

イシンシアの王様である、少年ユアンは、そういって悪戯っぽく微笑んだ。

「それにしてもサー。また飾り付けに時間かけてんのなー。
 でもさぁー。」

椅子の背もたれに顎をのっけながら、ユアンがカラートを見上げる。

「見た目じゃないだろ、玉子は、さ?」

その言葉に少しムッとし、カラートは意地悪っぽく笑いながら王に話かける。

「おやおや。・・・・・”歴代で一番美しい”と言われた玉子を粉砕して生まれてきた
 貴方からそんな言葉がでるとは。」

「------ああ、オマエのオヤジが造った”玉子”か。んまぁー、歴代で一番ってのは
 嬉しいけどサ。命の器なんだから、強度とか生まれ易さとかに力注げばいいのに。
 玉子屋って変わってるよなー。」

ユアンはカラートが意地悪でいっているのに気づいているのか、気づいていないのか、
何事もないように返答をする。その姿をみて、カラートは自分の大人げなさを少し反省
し、苦笑した。

「ん?どうした?玉子屋。」

カラートの苦笑に、ユアンがいぶかしげな顔をした。カラートが瞳だけで微笑む。

「いえ、なんでも。・・・・でも、王様、玉子はただの命の器ではないんですよ。」

カラートの脳裏に少年時代の思い出がよみがえる。
あれは、玉子職人であった父との会話。その時、カラートは玉子職人としての魂をも
支える言葉を父から受け継いだのだ。


『みてごらん、カラート。新しい玉子が出来たよ。』

そういって、父が見せてくれたのは、美しく装飾された”玉子”だった。
青みがかった白銀の玉子。シルフェリア鉱石の中でも青みがかったものは、大変
美しく、珍しいものである。それだけでも十分美しい玉子に、カラートの父イリエルは
銀で繊細な模様をそっと加えていた。
 通常、あでやかに造られる”玉子”の中では、酷く質素なものだろう。
しかし、その”玉子”は確かに美しかった。カラートが今まで見た、どんなに艶やかな玉子
よりも。息をとられながらも、カラートは感嘆交じりに呟いた。


『---綺麗だね、父さん。砕けてしまうのがもたいないな。』

カラートの言葉にふっと、イリエルは微笑む。

『--------そうでもないさ。』

『え?』

『いいかい、カラート。玉子はただ単に命を守るものだけのものじゃないんだ----。』

呆けて父を見上げるカラートを、イリエルは優しく見下ろした。

『カラート。玉子はね、命を祝福するものでもあるんだよ。』


「ユアン様。玉子は、命を祝福するものでもあるんですよ。」

カラートは、父が自分に言った言葉をそのまま、少年王に伝えた。
呆けて自分をみるユアンに、カラートは自分の影を重ね、微笑んだ。

「我々は、玉子から生まれてくる命に敬意を払って造るのです。
出来るだけ美しく。--------たとえそれが砕け散ってしまっても。」

カラートは、自分の手を作り途中の”玉子”にそっとあてた。

「その命が生まれるその瞬間を、皆の心に焼き付ける為に。」

「・・・・・・・。」

少年王は何も言わずに、にっこりとカラートに笑顔を向けた。
先ほどまでの小悪魔的な表情はいつのまにか、柔らかな春の日差しのようなそれに見える。


しかし、その表情も長くは続かなかった。
突然、玉子屋のドアがバタン!と音を立てて開き、少年の恐るべき者が現れたからである。

「ユアン様ーっ!!」

大声をあげて、少年の名を呼ぶのは、15、16歳ぐらいの髪の短い少年だった。

「げ、イトシン!」

瞬時にして、ユアンの表情は元の悪ガキ少年のそれに戻る。

ユアンを目標に直進してくるその少年こそ、ユアン王の最大の強敵、大臣のイトシンで
ある。少年ながらも、この王様の手綱をとるのには敏腕である。

「『げっ』とはなんですか(怒)、人を化け物みたいにっ。・・・ったくもー、こんなところに
いたんですかっっ。」

少年大臣は、額に血管を浮き立たせながら、椅子の上で硬直しているユアンを冷やかに
一瞥した。うっと、青筋をたててユアンが身をひく。
 イトシンは不意にカラートを見た。カラートもユアンのように、無意識に身を縮める。
しかし、イトシンは愛想のよい少年の顔で、挨拶をした。

「突然、すいませんでした、カラートさん。本当に毎度すいませんねぇ。」

「ど、どういたしまして・…。」

なんとなくほっとして、カラートはため息をつく。

「ほら、帰りますよっ!仕事が山積みなんですからっ!!」

イトシンは、椅子にしがみついているユアンの襟首を掴み、そこからひっぺはがした。
ユアンは、まるで猫の子のように捕まえられている。

「本当に失礼しました。」

イトシンは、『王様にこの扱いはなんだーっ』とかいいながらばたばた騒ぐユアンを無視し、
極上の笑顔をカラートに向けた。

「い、いえいえ・・・。」

カラートは、少年大臣の見事な物事の進め方に、驚きながらも感心する。
この大臣がいれば、この少年王も大丈夫だろう。

「あ、そうだ、玉子屋。」

不意に、イトシンに引きずられ、出入り口に向かうユアンがカラートに声をかけた。
それに反応して、ユアンを見るカラートの瞳に、ユアンの元気いっぱいの笑顔が映る。

「俺、オマエの玉子好きだぞ。------色々いったけどサ。
 -------いいの造ってやれよなっ。」

その言葉になぜかカラートの胸は一杯になり、カラートの口からは余った空気が吐き出
された。そして、胸のつかえが取れると、ユアンに向かって言葉を投げた。

「もちろんですよ。私をだれだと思ってるんですか。」

(私は、貴方の玉子を作った男の息子ですよ)


手を振るユアンの姿が、ドアの向こうに消えると、カラートはにっと笑った。



 ----うんといいのをつくりますよ---生まれてくる命に、心からの祝福を込めて----。
      
         貴方の生まれた、あの美しい青い白銀の玉子にも負けないものを-----

-了-

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