「寒くはないかい?」

 

              藍色の髪の男が、やわらかな微笑みとともに あたたかいミルクを差し出した。

                 赤茶色の可愛らしい木製のテーブルに、青いカップが2つ、トントンと ここちよい音をたてる。

                

                  秋の夜長。すこし涼しくなってきた大気が体にやんわりと冷気をもたらしている。
              

                           「うん、平気だよ。さんきゅー、ラヴァル。」

                 そういった薄黄色い髪の少年は 椅子の上に薄い毛布にすっぽりと包まって、置かれたミルクカップに

                       顔だけを近づけ、ふーふーと息を吹きかけながら、すすり始めた。

                         「ちょっと〜。ユアンみっともないわよ。王様の風格まるでないわ。」

   
              そのようすを見て、隣の少女が呆れたように声を荒げた。少女は、頭から毛布をすっぽりとかぶって入るが、

                   きちんと両手でカップを持ち上げている。

              今日は、二人とも 青い屋根の教会に泊まりに来ていた。 若い大臣、イトシンが執務で一日出張のため、”子守”にあたったのがラヴァルだった。 

              通常なら王城に臣下が赴くが普通なのだろうが、王様が王様のため、”通常”という言葉が効力を要していないのがこの国である。
          
              王様じきじきに臣下のうちへ遊びに行ってしまう次第。

                しかし そんなくったくのない幼い王に、 ラヴァルもにこやかに微笑みを送り、軽い音をたてて椅子を引くと、二人と同様に
                テーブルについた。


                       「まぁ、折角 遊びにきたのだし、ローズも大目に見てやって。」
   
 
                         「む・・・そうやって甘やかしちゃ いけないわ、ラヴァル。」

                          むすっとした表情で ローズが白いほっぺをふくらませる。


                         「うるさいなぁ、ローズは。そんな小言ばかりいってるとすぐにおばはんになっちまうぞ。」


                        眠そうな目つきで ユアンがちろりと 横に座る少女に眼をやった。

 
                        「ふん、残念でした。私は精霊だから そうはすぐにおばさんになんかならないわよーだ。」

                     

                                      「・・・あれ?」                    
                         

                        ふいにユアンがきょとんとして、その深い緑の瞳で 桃色の髪の少女をじっと見た。

  
                         「・・・・な、なによ。」
 
                          薔薇の精ともいうその少女は、少し顔を赤らめて ユアンから離れるように椅子を後ろに少しひいた。


                         「あれ・・・そういやそうだったっけ。」

                        「な 今更なによ? あんたが 気持ちよく寝てる私をおこしたんでしょーが。」
                           

                         「そういえば そーだな。 ・・・そういやお前、ぜんぜんかわんないもんな。」
 

                          ローズが ふと眉間をしかめて 首を振った。

                       
                          「ユアンだって ほとんどかわってないじゃない。」
                           
 
                          「へへーん。ちゃんと身長のびてますー。」


                          「・・・私だって・・・・。」


                             ふいにローズが口を閉ざす。ほとんどかわってないことは自分でも分かっている。

                              ユアンと初めて会ったときから、少しずつその目線が高くなっていっているのに気がつかなかったわけではない。


                             勢いをそがれたローズに今度はユアンが困ったような表情を浮かべる。

 
   
                          「・・・・・そうだ。二人に古い物語をお話してあげようか。」


                           不意に ラヴァルが沈黙を破った。

 
                           「お話?」
 


                             藍色の髪の元旅人は ゆっくりと頷いた。

                     

                              「とても昔の物語だよ。」

                          




                        「 昔昔、 とある小さいけれども 平和で幸せな国があったんだ。

                             王様もよい人で、民にとても信頼されていた。

                            ずっとその王様の下、幸せな国であり続けられるかと民は皆思っていた。



                                 ただ、ある日 突然その隣国からの襲撃にあい、もともと軍事力のほとんどない其の国は
                                 壊滅状態になった。(イシンシアでは考えもつかないことだろうけど、
                                  国同士ではそういう事は少なくないんだよ。)


                               隣国の攻撃は辛辣で、王家の縁者はことごとくその血を流された。

                                そして、もうどうしようもなくなったときに 王は、自分の愛する娘を助けたいがため、
                                  其のときに滞在していた 一人の旅人に その幼子を託すことにした。



                                 旅人は 其の願いを承諾すると、 王女の時を止め、一輪の薔薇に変え、他の土地へ連れて行くことにした。
                                  
                                   そして崩壊していく其の都市を抜け、 旅人は別地にやってきた。

                                そして その一つの渓谷に 彼は その薔薇を水晶に封印したんだ。
                                  
                                   その場所が 彼女にとって住みやすい土地となるまで・・・・・。」



                                **************************************




                                 (僕は君に約束をしよう)

                                    少し低い、優しい声音が上のほうから注いできた。その持ち主の顔ははっきりとは
                                      わからないけれど、彼の深い青の瞳が、自分をくるむ水晶から響くように見える。
                                      
                                    小高い丘の上、背の高い一本の樹を背景に、彼は自分を優しくかかえるようにして
                                     立っていた。

                                  (僕はこの土地に一つの国を作る。それは、とても優しい国になる筈だ。)


                                      ――――何故自分は忘れていたのだろう。とても重要な記憶のはずなのに。


                                   (そして、いつか、その国が本当に君にとって存在しやすい場所となったときに
                                                            君を目覚めさせよう。)


                                  (僕の子孫が、君を目覚めさせる。 それまでこの土地を見守っていてはくれないか。)                                   



                                             ―――― それは 遠い遠い昔の 『約束』――――

**************************************





隣から、ここちよい寝息が聞こえてくる。
どうやら、この国の幼い王様は夢の国へ国交に旅立ってしまったようだ。


少女は軽く少年のほうに目をやったが、ため息を一つつくと、
   まだぬくもりあるミルクのカップに視線を戻した。

「・・・・なんで忘れていたのかしら。私。」

「忘れていたのではないよ、ローズ。そうなるようになっていたんだ。」


                                          
                                         「・・・・・・  貴方は、 誰なの、・・・・ラヴァル。」

                                          青年の深く青い瞳がローズの桃色の瞳に注がれる。

                                          「今はこの教会の管理人の、元旅人だよ。」


                                            「貴方が あの旅人の子孫?
                                               ・・・・いえ、違うわ・・だって私を起こしたのは・・・ユアンよ・・」

                                             

                                              「そう、ユアン王が―――彼の子孫なんだろうね。」

                                              「じゃあ、貴方は・・・・・・・」

                                        深くその青い瞳は かつて 水晶の中へ注がれたそのものではないのだろうか。
                                             ローズの言葉は その瞳の力で遮られた。そう、その答えはタブーなのだ。

                                               「ローズ。」

                                                「・・・・・・・・・・・・・・。」

                                            「・・・・・そろそろ 自分の時間を取り戻してみるかい?止まっている時間を。」

 

                                             「・・・・・私の、時間。」

                                                   少女は 隣で気持ちよさそうに寝息を立てる 少年王に 視線を落とした。

                                                   ぎこちなく ローズが手をのばし、顔にかかる柔らかい髪を手ぐしで整える。

                                                   「・・・・・・どうすればよいの?」

                        

                                                  「君の本当の故郷に戻るんだ。そうすれば君の時間はまた・・・

                                          

                   

                                                                   動き出す。」

 




                  **********************************************************************************************

 

  

               

 

           青い空のに何羽ものカモメがキュィキュィと可愛い声を上げて、旋回している。

 

 

                イシンシアの小さな港。 その小さな港に今、真白い帆をおおきく掲げた船が一艘、出航を待っていた。
                       そして出航を待つ 幾人のも人々が互いの別れを、その袂で惜しんでいる。



                  「じゃあ、ローズちゃん気をつけて行って来るのよ。」


                      赤い髪の女性が桃色の髪の少女に声を掛けた。
 

              
                        「ええ、ステラおば様。ありがとうございます。」

                         ローズは 新調してもらった 白いケープを羽織っている。
                                 そしてその手には少し大きめの鞄が一つ。
  

                          「ラヴァルも 気をつけてね。ローズちゃんを宜しくね。」

                          少女の後ろに控えているのは、藍色の髪の青年・・・・・・教会管理人のラヴァルだ。
                          管理人は、微笑ながらその大役を引きうけた。
                             いつも変わりない風体。
                          違うのは手にある少し大きなずた袋くらいである。

                          「わかっているよ、ステラ。ちゃんと送り届けるから。」

                             彼の方に乗っかる 鷹のアルデバランもキュィと応答をした。

              



                         「ローズ、気をつけて行ってきてください。本当は私も貴女のお供につきたいところなのですが、
                                     身分上、それを周囲が許してくれず・・・」
                   
                           一方、ローズの傍ら 整った紺色の眉をハの字にしながら その切実な思いを告げる少年が居る。

                          「ありがとう、レイルズ。お国の大事な跡取りですもの。気持ちだけで十分よ。」

                            
                            「うう、ローズ。貴女はなんて心優しい淑女なんだ。私はいつでも君の帰りを待ちます!
                                 何かあったらいつでも僕の国へいらしてください!そうだ!今度はアーシュレイに来るといい!
                                うん、そうだ!それがいい!!そうしたら・・・・・」

                             「・・・・大げさよ、レイルズ王子。本当に、気持ちだけで、十分よ。有難う。」

                            ローズは困った表情をしながら その王子に礼を述べ、まだ続きそうな彼の話をとめた。


                         


                          「・・・・それにしても ユアンったら!どこに行ったのかしら!!

                                 このままじゃ アーシュレイの王子にローズちゃんをとられちゃうわ・・・

                                           ・・・・・・ じゃ、 なくて 見送りにもこないで・・・・。」
  
                           先王后のステラは、いらいらとその長い親指の爪を噛んだ。  

                           
                          「城をでる時にすぐに追いつくっていってたけれど、一体どうしたんだろうね。
                             出航間際にすまないね、ローズちゃん。」
  
                             横で ユアンの父でもある 7代目イシンシア王マーロウ が困ったように首をかしげた。


                           「・・・先ほど、イトシンが心あたりがあるようで、探しに行ったのですが・・・・。」

                              イトシンの父、元大臣のカルアークも困ったように声をかける。

                           「・・・・いえ。いいんです。  ユアン、私が向こうに戻ることに いい感じしなかったみたいで。
                              戻ること話してから 全然口利いてくれなくって。」

                             寂しそうに 遠く城のあるほうを見上げながら、ローズが呟いた。
                            


                          「もう出航なのに!まったくもーーー!ちょっと私も見てくるわ!小さい街だし・・・・。」


                            たまりかねた 元女王が駆け出そうとしたそのとき、

                                                 ボーっと 汽笛が 出発を促すように鳴った。


                             「・・・・・出航の合図だ。」 

                                 ラヴァルが静かにつぶやいた。 



                           「いやーーーッもうあのバカ息子!!」

                             ステラは甲高い声をあげて、その燃えるような赤い髪をかきむしった。

                             その横で困ったようにマーロウが奥方をなだめようとしたとき、臣下の声が上がった。
                     
                          「ステラ様!マーロウ様! ユアン様とイトシン様が!!」
                              
                              
                          其の声に誘われて、路地を皆が見る。向こうから小さい姿が二つかけてきた。 現イシンシア王と大臣だ。
                           現イシンシア王はなにやら大きい包みを持っている。


                          「ちょっと!ユアン!あんたね!・・・」
 
                          「フッ 今更見送りにきたのか貴様は・・」
 
                    と、 つかみかからんばかりの母や 嘲笑する他国の王子を見向きもせず、幼い少年王はその少女のところでその駆け足を止めた。

                          そしてそのまま、バサッと 少女の手に包みを押し付ける。
   
                          「・・・・これ・・・もってけ。」


                           ぜいぜいと ユアンが 息を切らしながら 言葉を投げやる。
                           
                           少女の手に託されたのは・・・・

                           「・・・・・薔薇?」 


                             凄い量の薔薇の花束。すぅん、とよい香りが鼻をくすぐる。


                             「ユアン様が、・・・ポルックス博士のところで・・ 創った・・花なんです。多量だったんで・・・今日出来て・・。」

                           あとから追いついたイトシンがその横でぜいぜいと 息を切らしながら 声をだした。
                            両膝に両手を当て、かがみこむようにしている。運動の苦手な彼はかなり無理したようだ。
  

                             「ハカセ、コキツカワレテ グッタリヨ〜! ダカラ アルタイル二号 偉イカラ 代ワリ二見送リキタノネ〜。
                              ローズ行ッチャウ、ユアン大変ナ事ネ。」

                               その足元では ポルックス博士の助手(?)のアルタイル二号が 半円の頭をくるくると回して
                               プシュプシュと蒸気を上げていた。

                           「ば・・・バカ 余計な 事・・・。」 


                            ユアンは  イトシンとアルタイル2号を叱ろうとするが、息があがっていて声が最後まででないようだ。


                             「・・・・ありがとう。ユアン。」


                             その様子をみながら ローズは頬をそめた。

                           「・・・・お前、故郷へ帰るって言ってたけど。・・・イシンシアもお前の故郷なんだからな!」
                            
                               「・・・・うん。」

                               「いいか、お前のうちはここなんだ。」

                               「・・・うん。」


                              「・・・・戻ってくるんだよな?いつ戻るんだ?」


                            ローズは 微笑みながら頷いた。そして、そっと人差し指を一本立てた。


                             「・・・1ヶ月か?」

                             ローズが首を横に振る。

                             「1年か・・・?」

                             またローズは首を横に振った・

                             「・・・・10年・・・?」


                               ユアンが呻いた。

 
                             そんなユアンに ローズがたまりかねて 噴出した。


                                「・・・・一週間よ。」
 
 



                                「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハァ?!」 

                             ユアンの目が 半目になった。


                                「・・・・いっしゅうかん・・・・・?オイ、なんだよそりゃ。・・・きいてねーぞ。」
 
                            「何いってるのよ!ユアンが 聞き耳もたなかったんでしょーーー!
                                    人が話そうとしているのに 全然聞こうとしなかったじゃない!!」

                             「お前が深刻そうにいうからだろーーー! 皆大げさにしやがってーーーーーーーーッ!!
                                 もう戻ってこなくなるんじゃないかと凄く
                                      心配したんだからなーーーーーーーーーーーー!!


                                                  ・・・・・って・・・・」


                                  ユアンの顔が ガバーッと赤くなった。



                            「・・・・え。」 ローズはきょとんとして少年を見た。



                             「イッ・・いや、その・・だな、・・別に・・。」


                               ユアンはしどろもどろに言葉を濁しながらキョトキョトと瞳を動かす。





                              パンパンと手をたたく音が 言葉の波に割りいった。

                           「・・・・お取り込み中、失礼するけれど そろそろ出発の時間だよ。
                                痴話げんかはまた戻ってきてからやるといい。時間はたっぷりあるからね。」


                             ラヴァルが 微笑しながら 声を掛けた。


                           「ごめんなさい、ラヴァル。行くわ。・・・ユアン、有難と。行って来るね。」

                           「・・・おぅ。・・気をつけてな。」


                             まだ耳まで赤い 少年は そっぽをむきながら応答する。
 

                           「私の戻る家はここしかないから。自分の時間を取り戻して直ぐに帰るから。」

                             

                           「・・・おう 待っててやるよ。」



                                今度は、少女の桃色の瞳に、少年の緑の瞳が優しく微笑んだ。






                                 
                                  出航の最後の汽笛が高く 空に放たれると、
                                ローズが船に乗り込み、その後にラヴァルが続いた。
                          




                           「ラヴァル。」

                            船橋を進もうとする ラヴァルの後ろから マーロウが駆け寄り、耳元で囁いた。

                           「ラヴァルもちゃんと戻ってきてくれるよね?」


                           「・・・・少し長居をしたのではないかと思っているんだが。」

                               元旅人は困ったように肩をすくめた。


                           「・・・いつでもこの国は貴方を歓迎しますよ。・・・ご先祖様。」


                                    ふと 二人の男の口に笑みがこぼれた。

















                                       船の白い帆が 風を受け、 ぱんと張った。







                                                



                                                                          ―了―





                          


 
背景:トリスの市場
                                                                                       

               

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